子どもとリクエスト

素敵なかかわりを感じさせるお話を伺いました。ある子煩悩と言っていいお父さんと子どもの日常の風景です。
子どもたちとテレビを見ている時に、子どもたちが「お父さん、テレビの音が小さい」といお父さんに言います。お父さんは「ああ、そう」と聞いてそのままにすると、「お父さん!テレビ!」と子どもが言います。そこでお父さんはこう言うそうです。「不満には応えられないけれど、リクエストなら聞きますよ。」すると子どもたちははっと気が付いて、姿勢を正して「お父さん、テレビの音を大きくしてください」と言います。そこでお父さんは「はい、いいですよ」とすぐに音量を大きくしてあげるそうです。
本当にありふれた日常の風景ですが、ただ不満を言うのではなく、自分の願いを相手に伝えるという会話に、惹かれるものがありました。自分から責任をもって人と関わる習慣の一つがリクエストです。それを通して自分の目標が遂げるというのは立派な「おとな」の姿勢です。
反対に、大人から子どもにリクエストするときにはどうしたらいいでしょうか。西荻学園幼稚園では「聞く」ことを大切に教えます。というのも、子どもは聞こえていても、「聞いていない」ことが多いからです。
これはシュタイナー教育を軸にされている幼稚園の園長とご一緒したときに伺ったことです。この園長先生の幼稚園では、昼食は給食を準備されています。昼食後、お皿を洗って片づけるという約束になっていました。
ある子がお昼を食べ散らかしたままで遊び始めました。先生は、その子の耳元で「テーブルを片付けてね」とリクエストします。子どもは「うん」と言って遊び続けます。少し経つと先生はまた耳元でさっきよりも小さい声で「テーブルを片付けてね」と言います。その子は「うん」と言い遊び続けます。5回目に先生が耳元でその子だけに聞こえるように「テーブルを片付けてね」と言った時に、その子は本当に聞こえたようで、お皿を洗って、すべてを片づけたそうです。そして、先生に「全部片づけた」と得意げに告げる子に、先生はにっこり笑って「ありがとう」と伝えました。
シンプルに繰り返すのは時間がかかって手間だと感じられるかもしれませんが、実感としては繰り返さなければならない回数はむしろ少なくなるように感じています。
子どもは聞こえていても、聞いていません。その時に、命令でもなく、相手の罪悪感や焦燥感を煽り立てるのでもなく、ただシンプルにリクエストを繰り返すところに、教育者の力を感じます。

2019年07月05日