頭足画

頭足画
子どもがクレヨンやマーカーを持てるようになる時期に紙を与えると、なぐり書きを始めます。大人が見るとぐるぐるの線にしか見えなくても、それは「ママ」であり、絵に「ママ」とタイトルをつけます。やがて、大人から見て人を描いているとわかる絵へと発達していくのですが、その最初期に「頭足画」と呼ばれる興味深い形態の人を描きます。
頭足画は、胴体がなく頭から手足が出ているという人の絵です。19世紀末に欧米で子どもの絵の研究が始まったときに最も関心を持たれたのが頭足画でした。
子どもがどうして胴体のない頭足画を描くのかは大きな謎で、答えは未だ出ていません。大人から見ると頭足画はとても変な絵です。そこで、様々な手段で胴体を描くように促したらどうなるのか、という実験的な研究が行われました。例えば胴体のある絵をお手本にして同じ絵を描かせたらどうなるか。絵描き歌のように顔からはじめて、「次はお腹を描いて」と指示したり、年長の子が胴体のある絵を描いているのを模倣させたりしました。結果は、大した効果がないものでした。実験中は胴体のある絵を促されて描いても、実験を離れるとすぐに頭足画を描き始めたそうです。
それでも、いくらかの推測を得ました。絵描き歌を使った実験では、「お腹」を顔の中の口の下に小さなマークを描く絵が最も多かったそうです。そのことから、大人が「顔」と定めている部分に子どもは胴体の意味を込めているらしいということが分かりました。
絵というと、写真のように写実的な認知を想像してしまうのですが、子どもに人間が頭足画のように見えているわけではありません。人に対して持っている知識やイメージ(表象)がもとになって絵が描かれていると考えられるようになりました。それは視覚だけでなく身体感覚や運動感覚も混ざったものではないかと考えられています。人に限らず、子どもが生き物を描くときに丸から線がイガイガのように放射状に出たものを描いたり、電車やバスを描くと車体の輪郭の下(輪郭の外)に車輪にあたる丸を描くのと同じことだと考えられています。触れたり操作したりする手足や車輪という部分とそれをコントロールする部分としての頭と胴体が一体の部分として知識として分類されイメージされていると思われます。
幼児期の子どもたちにとって、視覚的に認識する写実の世界よりも、心象内の思い描いている表象の方が優先順位が高いということです。大人の指示や注意に子どもが納得するためには、強固な心象内の表象に対して写実的な事実が優先される必要があるということです。子どもにとっての正しさ、こだわり、嘘といったことへのアプローチを考える時に、この心象内表象の優先という特徴は重要なことです。
ところで、頭足画からいつごろ胴体のある絵へと転換するのでしょうか。「胴体が描かれていなくてはおかしい」と思うようになるには、内的表象と写実的事実との順位の逆転が必要です。そのような変化が起きるためには、胴体のある絵を見る機会を十分に得ることが必要です。「絵」が変わるには「絵」を見ることが必要です。つまり「絵」への関心によって変化の時期は異なることになります。それでも7~8歳には視覚的情報に基づく絵を描くようになると言われています。
(参考 発達教育2020年8月号 特集「子どもの絵はどのように発達するか」鈴木忠)

2020年08月07日