目先ではなく本質を考える

みやざき中央新聞(2762号)に掲載された「株式会社そうじの力」の代表取締役、小早祥一郎氏の講演から紹介します。

【以下引用 一部要約】
たとえば、「Aさん、あれはどこにあるんだっけ?」と言われたAさんが一生懸命ものを探す。「あれ、ここに置いたはずなんですけど、ちょっと探してみます」と言ってAさんがウロウロしてしまったら、それだけでAさんの力は100%発揮されなくなります。Aさん、Bさん、Cさんの力を結集すればすごい力になるはずなのに、ばらばらでコミュニケーションが取れていなければ力を発揮できません。掃除の目的はここにあります。要するに「100%の力を発揮するために」掃除をし、きれいにするのです。力を発揮するのは「個人」でも「家族」でも「職場」でも同じです。掃除は「きれいにする」こと自体が目的になってしまうことがあります。しかし、それはあくまで結果としてきれいになるものです。もう一つ、想像してみてください。道にゴミが落ちていた。「あ、ゴミだ」と気付いても通り過ぎることが多いと思います。でもゴミが落ちているのを見て、ちょっと立ち止まりしゃがんでそのごみを拾ったら、少なくともそこにあったゴミ、つまり「小さな問題」が解決したということになります。言い換えるなら、ゴミを拾うことは、自分に「小さな問題を解決できる力」があると思える行動です。つまり掃除は自主的な「問題解決力」です。自分が捨てたわけでも、自分が悪いわけでもない。「拾いなさい」と言われているわけでもありませんが、気付いて「自分がやればいいんだな」と思える力なのです。
【引用終り】

掃除をすることは100%の力を発揮するため。ゴミを拾えるのは問題解決力の証し。私たちは子どもに様々なことを指示します。例えば「おもちゃを片付けなさい」、「もう、お片付けの時間だから、やめなさい」、といった具合です。その時、指示をする私たちは目先の行動を目的にしていないでしょうか。しつけや教育といった課題を持つときには、こんなことでも立ち止まって考えてみる「癖」を持てると良いでしょう。

紹介した小早氏も、自分の仕事を立ち止まって考えています。その時に見えたのは、目先の善し悪しではなく行動の本質です。

「きれいにする」ことが目的になると、物を別の場所に移すことが「整理」になります。ゴミを別の場所に隠すことが「掃除」になります。つまり作業です。しかし、本質として「100%の力を発揮するために」を目的とすると、行動の結果は「成長」と「充実」に結びつきます。

子どもたちのために、自分が普段与えている指示がただその場を満たす作業を命じているのか、その作業を通して「成長と発達」に結びつく本質をとらえているかで、言葉遣いも何もかもが変わってきます。仮に、子どもがその指示に対してすぐに応じることができないときも、反射的に怒ることから解放されて、子どもの発達の段階を理解し、子どもの発達に適した指示を与えることができます。

2018年11月17日