子どもと会話をする

日本人はコミュニケーション能力に自信がない、と言われてどれぐらいの時がたったでしょうか。およそ70%以上の人が、コミュニケーションが苦手と感じているという調査結果では、どんな時にコミュニケーションが苦手と感じるのかと言うと、「自分の気持ちを伝えるのが下手」、「人前でうまく話せない」、「人と打ち解けられない」、「職場(学校)の人間関係で苦しんでいる」といった意見が出ているそうです。

会話や対話も真似るものです。表現・質問・応答、意見と感想の違い、会話の発信と受信も教わっているか教わっていないか、経験しているか経験がないかでは大違いです。その基礎は家庭で十分養われます。家庭でどのような言葉をかけられているのか、どのくらい親と会話をしているのか、どんな内容の会話なのかが極めて重要なことになります。

しかし、かけられる言葉が指示ばかりでは会話は成立しようがありません。よく子どもに話しかけているつもりで、「ああしろ」、「こうしろ」、「それはだめ」ばかりでは会話が発展しようがありません。それは常に2択なのです。むしろ指示する側は「yes」以外は受け付けないでしょう。これはコミュニケーションとしての会話には相当しません。

幼児期の子どもは、考える力が足りないのではなく言葉を知らないために話すことが苦手ということがあります。ですから、幼児期はあまり質問攻めにしてしまうと子どもは困ってしまいます。子どもの関心を引いているものを、親が言葉で丁寧に拾うということがいいでしょう。「これは赤いね」、「電車だね」ということから、「電車の横に赤い線かあるね」、「窓は全部で1,2,3・・・6つあるね」、「ここに字が書いてあるよ」という感じです。やがて子どもの方から「これは何?」というふうに聞いてくるようになるので、子どもの質問に対話をもって応えることを大事にした方がいいでしょう。

「どうして?」、「なんで?」という質問の中には、案外難しいことも多くあります、しつこく聞かれるとうんざりしてしまうかもしれませんが、ここが努力のしどころです。「どうしてだと思う?」「わかんない」「じゃあ一緒に考えてみようか」「調べてみようか」という問いの積み重ねが対話を生み出し、「思考」を促します。子どもの回答が間違っていても、できるだけ否定するのではなく、その子が自分で考えたことを認め、どうしてそういうことを考えたのかを詳しく聞いてみたいものです。案外、驚くような子どもの発想の力を知らされることも多いのです。すぐに正解を教えるのは、実は指示している時と、コミュニケーション上の質的違いは殆どありません。

会話や対話は、「認めてもらった」という経験です。子どもは答えが知りたいという欲求よりも、気を引きたくて質問と言う形で話しかけてくることもあります。そこで無視されては、話しかけることや質問することを恐れるようになるでしょう。

2019年02月04日