「刺激」の誘惑

「登園して、先生と挨拶、教室に行って鞄をかけ、シール帳にシールを張る。当番の日は、当番バッチを着けて、カラー帽子をかぶって園庭に遊びに行く。~くんがいたらサッカーをしよう。」こんな風に、登園してきた後の行動を、日々の積み重ねと周りの様子を見ながら、、指示がなくても「次は~~」、「次は~~」と、自分の動きをモニタリングしつつ、自分の行動をコントロールしていくクラスがあります。個性の集団ですからトラブルが皆無とはいきませんが、普段は落ち着いたクラスです。
一方で、お友達との戦いごっこに夢中でいつまでたっても周りの状況に気づけなかったり、毎日同じことを繰り返しているのに指示がなければ行動を起こせないクラスがあります。ほとんどの場合、クラス全体が騒然としていて落ち着きのないクラスと言われてしまいます。そこにはクラスを構成する子どもたちの発達特性もありますが、むしろクラス環境や大人の対応によって、落ち着きのない子や手のかかる子を増やして悪循環に陥ってしまうことがあります。
日々の積み重ねの中で行動を予測して動くクラスは、指示がなくても自ら行動を始めます。しかし大人からの指示という「刺激」をきっかけとするクラスは、何人かが着席を始めても、廊下で走り回っていたり、おんぶや抱っこを求めたり、「やって、やって、わかんない」の声に応じて個別対応による製作指導を行う等、誰にとっても達成感のない活動が繰り返されます。
おそらく子どもとの関係を深めたいと思うあまり、子どもの持つ「自分の行動をコントロールする力」を妨げてしまうのです。「子どもを大切にしたい。個別に対応してあげたい。関りを求めてきた子を全て受け止めて安心を与えてあげたい。不安をなくしてあげたい。」という強い思いが先生にはあります。その思いは尊いのですが、それよりも大事なのは「どのような子に成長してもらいたいのか」、「先生と園児の信頼関係のあるべき形」という保育観を先生が意識する事こそ重要です。
また、子どもを刺激で誘惑するものに教室環境があります。クラスの掲示や備品、おもちゃなどが、いかにも「触って、はがして、手に取って、崩して、壊して」と刺激への反応を誘引していないか点検しなければなりません。片付けるたびに別の場所に置かれていないか?ブロックの箱にぬいぐるみを入れて「片付けた」ことにしていないか?あるべきところから取り出し、あるべきところへと返すという本来の整い方で整うような環境づくりが大切です。
「子どもたちを喜ばせたい。楽しませたい。」という思いが、「刺激を与えたい」ということに容易につながってしまいます。しかし、先生は園児を喜ばせたり、楽しませたりするためにいる芸人ではありません。先生は園児たちが夢中になれるように、活き活きと本気で取り組める活動を「自分で」楽しめるようにするプロデューサーです。教室は遊園地ではなく、生活の場です。
個別対応は諸刃の剣です。一見、「丁寧で、心の籠った」保育に見えてしまいます。しかし子どもの力が育つ機会を奪ってしまうことがあるのです。常に子どもの傍にいて、頻繁に声をかける先生は慕われます。しかし過度の声掛けは、先生を「面白い人」であり、「まとわりついたり、甘えたりできる人」としてしまい、望まれる先生と園児の信頼関係が築けなくなるのです。
最善の子どもとの関係構築は子どもを愛する幼稚園教師にとって悩みの尽きないの課題です。しかしこのことに悩みながら、学び続け、改善を重ね、安易な刺激でごまかさない先生を子どもたちは確実に信頼し、先生と子どもたちが落ち着きの中で生き生きとクラスを動かしていきます。

2020年08月13日