自ら機能するクラス

幼稚園教育要領の示す「領域」と「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」を参照すると、幼稚園のクラスの理想像が見えてきます。それは自らをコントロールする力を持った子どもたちが、自ら気づき、行動できるクラスです。この文章の中では「自ら機能するクラス」と呼んでみます。理想像ですが、幼稚園の先生は「自ら機能するクラス」へとクラスを作り上げるために日々、あらゆる点で工夫しています。
例えば、子どもたちは持ち物としてティッシュを持っています。ティッシュで鼻をかんだらどうするでしょうか。恐らくご家庭ですとゴミ箱へ捨てる子どもが多いのでしょうが、幼稚園では違います。鼻をかんだ子は、その場で床にティッシュを落として平気な顔をしています。新年度間もない降園後の園庭には沢山のティッシュが落ちています。ご家庭では、ご両親や兄姉が鼻をかんだらティッシュをいつもの場所にあるゴミ箱に捨てる、という動作を幾度も見たでしょうし、説明もされていることでしょう。そこで大人は環境が変わっても応用してできるはずだと考えます。しかし幼児にとって環境の変化は、別の惑星に行ったようなものです。ゴミ箱はどこ?目の前にあっても自分の知っているゴミ箱とデザインが違えば、そもそもゴミ箱と認識しません。以前、「頭足画」で記したように、心象内の表象が優先されるからです。見えていても納得にいたっていないのです。
そこで、先生はまずゴミ箱を置く場所を定めます。幼稚園には何種類かのデザインのゴミ箱がありますが、その中から教室内に置くごみ箱を決めます。こうしてまず環境を定めます。そして、定めた環境を裏切らないで子どもに説明をして経験させます。「鼻をかんだティッシュ→あそこのゴミ箱」という心象内の理解ができます。これがさらに、工作の時のゴミや、見つけて拾ったゴミ等へと、定められた環境が子どもを裏切らずに整えられていることで「ゴミはゴミ箱へ」という応用範囲が広がっていきます。大事なのは定めた環境が子どもを裏切らないこと、一度は説明し経験させることです。
そして、ここからが自ら機能するクラスへのステップとして大事なところです。それは、「一度説明し、経験させた行動に対し、繰り返しの指示や個別対応を控える」ということです。これによって、子どもが自ら機能することを促し強化します。もし子どもが気づいていないときには、「~~くん。ティッシュで鼻をかんで、あそこのゴミ箱に捨てて」と指示するのではなく、「~~くん」と呼び止め、先生のジェスチャー等で子ども自身に気が付かせて行動を起こさせる働きかけが大事になります。ここを丁寧にすることが本当の「個別指導」なのです。声をかけ、常に指示することが個別指導なのではありません。
このようなやり取りのためには、先生自身が「定位置」を持つことも大事になります。クラスの子どもたちが期待する動きを定着させていく様子に視線を送り、一方で教室環境が子どもたちを裏切っていないかを確認します。自ら考え動くための手がかりに気づかない子に気づかせ、戸惑っている子のアイコンタクトに応じて必要な手がかりを示していく取り組みを日々重ねていきます。
登園した子どもたちが見通しを持てるようにスケジュールを黒板に準備したり、シール帳を置く場所、シールが用意されている場所、水筒を入れる場所、カバンをかける場所、おもちゃの収納、掲示物等々を、子どもの視線と動線を考慮して環境を整え、その中で全体の動きと個々の園児の動きを捉えることのできるように、しかるべき位置でモニターすること姿勢が求められます。優れた教師は「後ろにも目がある」と言われますが、それはこうした日々の積み重ねの中で養われています。
こうした先生と子どもたちの取り組みの積み重ねの中で、徐々に子どもは先生の視線と定位置に意識を向けるようになります。困ったときには、振り返るとヒントをくれる先生がいます。正しいのかわからないときに、アイコンタクトで「できてるよ!」と教えてくれる先生が決まったところにいます。新しいことを始めたときに、「OK!やってごらん」と励ましてくれる先生が定位置にいます。分からないことは定位置の先生のところに子どもが自ら近づいて聞きに来ます。
結果として、先生からが子どもに「関わる」という個別対応の動きと指示の連続から、子ども方が自ら「行って戻る、行って戻る」という「自ら機能するクラス」へと育っていきます。

2020年08月14日