片付けないという選択

様々な保育事例の中に、子どもたちが大きなものを作ったりするような遊びを何日にもわたって続けているものがあります。そのような事例が紹介されると、必ず出る質問が「片付けはどうしているんですか?」です。幼稚園では「元通りに片付ける」という生活のルールがあるからです。幼稚園の規模によっては、昼食を食べたりするために片付けをして場所を確保しなければならないという事情もあります。
片付けは大事な日常のルールですから軽視するつもりはありません。しかし、幼稚園ならではの遊びの中には、「また明日続きをしよう」という子どもの気持ちを実現する工夫も大事ではないでしょうか。
以前研修で聞いた事例の中では、5歳児の男の子数人が、ブロックの車を走らせる道路や駐車場を作る遊びを始めたそうです。毎日のように遊びを続ける中で、立体駐車場ができ、トンネルができ、ガソリンスタンドがあり、そこでガソリンを入れて橋を渡ってその先の島に行くといった物語も生まれたそうです。実に数か月にわたって子どもたちが作り続けた結果、保育室の三分の一が彼らの作った「世界」になったそうです。
もし毎日元通りに片付けていたらどうでしょうか。おそらく道路は広がらず、物語も生まれなかったでしょう。それどころか、いつまでたってもブロックの車を床で走らせるだけで終わっていた可能性もあります。
全部を片付けずに、遊びの続きが保障されるからこそ、次から次へと子どもたちの内からアイデアが出てくるようになります。数か月にわたって道路をつなぎ町を作り上げていった様子が一大プロジェクトの進行を見るようです。材料にするための空き箱や廃材を家から持ってくる子、知っている子が知らない子に町の建物を教えたり標識を教えたりする知識の「教え合い」、アイデアの取捨選択の話し合い、物語の共有、計画を立てるという未来予想等、どれほど非認知能力が刺激を受け、育ったことだろうかと思います。さらに、作ったものが保育室に残ることで、周りの子どもたちが見て「すごいの作ってる!」と驚いている声を聞き、自己肯定感が増します。「こうしたら」というアドバイスも起こって、周囲にも影響が広がっていきます。こういう関係性もとても大切なことです。
こういった継続的な遊びのためには、遊びを残すための工夫が必要です。紹介された事例では、昼食の場所を作るために道路を固定しないで移動可能にすることがルールになっていました。昼食の時には保育室の隅に子どもたちが移動させていました。
全く別の主題の講演でしたが、そこで紹介された幼稚園では、遊びの続きをするために片付けられたり壊されたりしないように「つづき」と書かれた札を準備していました。おそらく子どもたち自身で造らせたものだと思います。園庭で作った山や何かのオブジェ?に「つづき札」を置いて遊びを「保存」しているのです。これも面白い方法だと思いました。(一般社団法人木造施設協議会「子どもの育ちを支える保育環境」講演:村上博文http://mokuzoushisetsu.or.jp/opinion/opinion-1868/
子どもは結果ではなく、過程の中で育つものです。過程が長ければ、それだけ多様な学びの機会が保障されるという面が確かにあるのです。先生側からすると、片付けをする方が保育室も園庭も「見栄え」がいいですし、管理も楽です。事例のように数か月もの遊びの継続を保障し見守るのは容易な決断ではありません。しかし子どもたちが「明日もこの続きをしようよ」と約束して、明日を楽しみにできることはとても多様で深い育ちの機会を与えます。

2020年08月21日