「主体的」を守る

 私たちの国には幼児教育について示す文部科学省の発行する『幼稚園教育要領』という文書があります。平成29年度に改訂され文部科学省のホームページから全文と解説を見ることができます。これは幼児教育に携わる者にとって非常に重要な文書です。

 幼稚園教育要領の中に頻繁に出てくる言葉は「主体的」という言葉です。子ども自身の活動について記すところで使われています。他にも「自発的」、「自分で」「意欲的」という言葉が出てきます。幼稚園における子どもの活動は「主体的」であることが最重要だと伝えているのです。これは原型となった倉橋惣三らが中心となってつくられた『保育要領―幼児教育の手引き』(1948年刊行)から引き継がれている幼児教育の基本です。幼児期の子どもの活動は子ども自身が「主体的」であることが最重要なのです。

 「主体的」とは「自分の意志・判断に基づいて行動するさま」という意味です。これはある場面では厄介なものです。例えば、園庭での集団遊びなど「みんな」で行う活動をしようとします。先生が「今日は~をしましょう」と呼びかけると「やったー」と喜んで参加する子がいる一方、「やらない」、「いや」という子もいます。そこで先生は子どもたちを「まとめる」ということに悩まされます。しかしこれは当たり前です。やりたくないことを無理強いされれば大人でも抵抗します。「みんなと同じことができないはおかしい」という価値観が「主体的」であろうとする子どもを妨げるのです。

 「みんなと一緒」を強いられ続ければ、子どもは主体的に生きることを諦めるようになります。かつて集団に誘われると加わるのですが、こっそり私のところに来て「どうせやらせるんでしょ」と言う子がいました。「そんなことはしないよ」、「やりたくないんだね」、「他に何をやりたい?」「ここで一緒にいようか」と、何回もそんなやり取りをしました。

 「やりたくないことでも周りに合わせてやらなければならない」ということも大事です。しかし集団への帰属意識や状況の客観視が未熟な幼児期に「みんなと一緒にできないとおかしい」と強制を繰り返すことは、長い目で見てマイナス面が大きいと思います。幼児園教育要領に「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なもの」とあります。人格形成の基礎において「主体的」であることを否定された子どもがどのようにその後の人生を生きていくのでしょうか。「主体的」であろうとする子を守り、やりたいことを見つけ、得意なことを伸ばしていくという力を育てることが幼児期には優先されるべきです。「やりたい、やりたくない」「好き、嫌い」…様々な主張が伴うのが個性です。満たされた個性の出会いによって「主体的に」形成される集団こそ素晴らしいのではありませんか。

 今日も幼稚園で一人一人の子どもの「主体的」な選択が守られること、それは時に大変な忍耐をもって子どもと向き合い、寄り添うことです。けれどもそれがこの国で幼稚園に求められている課題なのだと肝に銘じるところです。

2018年09月14日